ピータースの歴史と物語

ピータースの歴史

ピータースは、昭和42年に私の父で現会長の広(ひろし)と母の公子(きみこ)が柏屋洋菓子店として佐久市野沢でスタートしました。
父によると、当時、洋菓子専門店では商売にはならないと周りから言われたようですが、東京でも凄腕と評判だった父の作る真面目な味と商売が大好きでいつも明るい母のがんばりで地域の菓子店としてたくさんの方々から大いに支持されました。

柏屋洋菓子店時代に使われていた計量器の写真

父からは味覚と器用さを、母からは社交性を引き継いだ私は、高校3年の夏、大学進学をあきらめてパティシエの道に進むことを決意したのです。(本当は志望校に合格しそうになかったから?という説も…。)

父の師匠の田淵さんという方の紹介で世田谷の等々力にある「サンドゥニ」というフランス菓子のお店で修行することになりました。私に菓子作りの基本を教えてくださったシェフの芳村敏夫さんはフランスでパリ市長杯銀賞をいただいた一流の職人で、今でも私の中ではここのお菓子が一番おいしいと信じて疑いません。

初めてお店に行った時は長野の田舎のケーキとの違いにびっくりしたのを今でも覚えています。 でも仕事は超ハードでした。昼食は10分で食べてすぐ仕事、普段でも朝7時から夜は10時11時、クリスマスには44時間連続で働いたこともありますが。

今となってはとてもいい思い出ですし、ここでの修行が今の私の原点です。
サンドゥニでは約4年間お世話になり、その後は東銀座の「砂糖人形」という店で働きました。銀座という洗練された街で洗練された大人の方々に味わって頂くお菓子を作る事も貴重な体験でした。

その後、フランスでもしばらく放浪し、仕事の楽しさが分かってきた矢先、両親から田舎に帰って来いとの連絡をもらい、しぶしぶ長野に戻ることになったのです。

ピータースの由来

新しい店を出す事になって、店の名前をどうしようかという事になりました。
それまでの柏屋いう名前は母方の屋号であり、私自身、祖母やおじいさんの事を考えると使いたかったのですが、フランス菓子にはあわないということで新たな名前をつけることに。

現在のピータース店舗写真

フランス語の辞書を広げてあれこれ考えてはみたものの、フランス語では地元のみなさんが覚えやすい名前などなかなかありません。
そんな時、父から提案があったのです。

父の修行時代で一番楽しかった時を過ごした「ピータース」という有楽町にあったレストラン。
今はもうなくなってしまったが、昔は有名人や外国人が集まる一流レストランで、父はデザートを担当していました。「その思い出の名前を新しい店の名前にしたい。有楽町にはなくなってしまったけど長野でがんばっていれば当時の仲間もよろこんでくれるだろう。」と。
そして私自身、「ピータース」という言葉の響きも気に入っていたのと、「夢を持ち続け子供心を失わない、ピーターパンの意味もこめて」この店の名前を決定したのです。